やりすぎた。
冷静になれば、わかることだ。
頭に血が上りすぎた。
手が痺れた程度で済めばいいが。
ルルーシュをキッチンに残し、救急箱を手に戻ると、ルルーシュは床の血痕を拭き取り、再び破片を拾っていた。手を見ればキッチンペーパーらしいものを手のひらに握り込み、人差指と親指だけで作業をしていた。指先が震えているから、やはり麻痺しているのだろう。人の手を借りたくない意地だけで、片付けているなんて、馬鹿だ。
「ルルーシュ、先に手当をする」
今回は足音を立てて移動したから、驚かれることはなかった。
「そこに置いておいてくれ。自分でやる」
「片手で?出来るわけ無いだろう」
「そのぐらい片手でもできるさ」
意地っ張りで頑固で、まともに説得しても聞きはしないだろう。
話を聞くような人間なら。自分の考えを変える人間なら。行政特区でユフィの手を取れたはずだ。すぐにギアスを掛けたのではなく、もしユフィと話をしたのなら、考えを変える機会もあったはずだから。
怒りが、ふつふつと湧いてくる。
話して駄目なら力づくでやればいい。話し合いをせずギアスという暴力でユフィを貶めたルルーシュに気を使う必要なんてないし、ルルーシュ程度の腕力では抵抗など意味もない。
そう考えて手を伸ばしかけたが、未だに色の戻らないルルーシュの手を見て、だめだ、こんな方法で手に入れた結果に意味が無いと自分に言い聞かせた。
「わかった、君は自分で手当をできる。出来るけど時間がかかる。だから僕がやる。そこの片付けも僕ならすぐに終わるから、そのままにしてくれ」
「このぐらいナイトオブセブンの手を借りなくても出来る。俺のことなど放っておけばいいだろう」
「ルルーシュ」
「俺は存在してはいけないんだろう?そんなやつの面倒など見る必要はないと言っているんだ。最低限の関わりだけで済ませろ」
「最低限って、一緒に暮らしてるんだから無理だろ」
「その中でも、最低限だ」
できるだけ関わりたくないと言うが、そうはいかない。
「僕はお前の監視役だと言うことを忘れるな。そうやって一人になる時間を稼いでこちらの隙をつき、ゼロとして動くつもりだろうが、そんなことはさせない。手を出せ、ルルーシュ」
手を止めたルルーシュは、視線を一度こちらに向け、再び目をそらした。無言のまましばらく何やら考えた後、深い溜め息をつき、立ち上がった。観念したらしく、キッチンペーパーを傷口から剥がす。にじみ出た血液がキッチンペーパーを赤く染めていた。手を握りしめていたことで閉じていた傷は、開いたことでぱっくりと開き、それにともない血があふれる。このぐらいなら縫わなくても大丈夫だろう。ガラスの破片もなっさそうだ。手早く消毒液を吹きかけ、ガーゼと包帯で血止めをする。ほら、あっという間に終わった。これを1人でどれだけ時間をかけてやるつもりだったんだか。
「うまいものだな」
苦笑しながら言う。
怪我なんて日常茶飯事だったから、この程度直ぐにできて当たり前だが、学生として普通に生活していたルルーシュは、そこまで怪我の手当などしていなかっただろう。ゼロも部下の手当をするとは思えない。
「僕は軍人だ」
「そうだったな」
破片もさっさと拾い集め、キッチンペーパーにくるんでゴミ箱に捨てた。後は掃除機をかければいいだろう。
「掃除機を掛けるから、君はソファーにでも座っててくれ」
「わかった。では、ここはまかせる」
先ほどとはうって代わり、ルルーシュは大人しく従った。
もしかしたら先程のナナリーの話が効いたのだろうか?下手なことをすれば、彼女の身は危ない。そう考え観念したのかもしれない。
でも危険とは真逆で、彼女は皇女として丁重な扱いを受けている。
国に戻れば殺されるとか、利用されるだけとか言っていた気がするが、そんなことはなかった。ナナリーは大事にされている。ルルーシュの思い込みのせいで、ナナリーは今まで辛い目にあっていただけ。さっさと戻っていれば、ナナリーの治療だってちゃんとしてもらえていただろうに。
おとなしくソファーに座ったルルーシュは何やら考え事をしているようだった。ゼロに戻る方法を、こちらを出し抜く方法を考えているのだろう。そして、ナナリーを助け出そうなんて考えているのだろう。ここにいるほうがナナリーは幸せになれるのに、そんなことも考えず、自分の手元に戻し、不自由な生活に戻ろうとしている。馬鹿だ。君は頭がいいのに・・・いや、頭が良すぎて自分の考えに固執した結果、それ以外の未来を見ようとしない。
ルルーシュはゼロに戻さない。
ユフィのために。
ナナリーのために。